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相思華 妓生 黄真伊 |
相思華(そうしか)という花に出会ったのは、昨夏に旅した韓国江陵であった。ピンク色の花が、土からまっすぐ伸びた茎の上に乗っかるように咲く。その姿は優雅で優しい。彼岸花に似ているが異なる花である。 韓国では、彼岸花を相思華(サンサフア)という人もいるようで、どちらも同じ根をもつ植物でありながら、花と葉っぱが同時にみられることがないことから、お互いを想いつつ永遠に会うことの叶わない切ない男女の愛に例えられる。相思華は日本では夏ズイセン、または裸百合といわれる。 |
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韓国でも日本でも人気を博したテレビドラマ『ファンジニ』は、 江原道江陵にある江陵船橋荘で撮影のほとんどが行われた。 ファンジニが妓生として生きた緯北(北朝鮮)に雰囲気が似ているとして江陵が選ばれたといわれる。 |
相思ということばからは、朝鮮王朝時代の女流詩人、黄真伊(ファンジニ)が残した「相思夢」という詩が思い浮かぶ。 相思相見只憑夢 儂訪歡時歡訪儂 願使遙遙他夜夢 一時同作路中途 恋しい人よ せめて夢の中ででも会えたら… 夢の中の道にも分かれ道があるから 私が訪ねていくときは貴方も…すれ違いにならないよう 次は 同じ時刻に同じ道を発って道の真ん中で会いましょう。 現実の世界で叶わぬ恋でも、せめて夢のなかで叶えたいと思う切ない心情を歌った詩といわれる。 |
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松香の江陵といわれるほど江陵には美しい松林がある。 白い砂浜と松林、澄んだ空気…自然に恵まれた場所を舞台に 撮影は行われたが、俗化しないどこか高貴な雰囲気さえ漂う地である。 |
黄真伊は、当時、高名な哲学者・花潭(徐敬徳)の道学、朴淵の名瀑とならんで”松都の三絶”のひとつに称えられるほどの美貌を持ち、詩歌・音曲(唱)・舞踊に秀でた実在の妓女(キーセン)であった。松都(ソンド)は開城(ケソン)の昔の呼称で、現在は北朝鮮領となっている。 その夏、江陵船橋荘という350年の歴史を持つ両班(ヤンバン)の館に泊まり、松の香りが芳しい江陵のいくつかの史跡を巡った。この館だけでなく、行く先々でこの花がひっそりと咲くのを見かけた。 眩しい陽光のもと、うだるような酷暑の中で出会った見知らぬ花に、古えの人々の心、人生の儚さを垣間見た気がした。花の名前に込められた韓国の人々の情と想い…私たち日本人がどこかに置き忘れてきた”物語”と詩がそこにはあった。 日本でも知られる韓国歴史ドラマ「黄真伊」の撮影の舞台となったのが、地理的に韓国の東北にあって当時の松都の雰囲気の残る江陵と江陵船橋荘である。 相思華から相思夢へ…いにしえの女流詩人黄真伊の思いを辿る夏の旅であった。松林、白い砂浜…今も脳裡に鮮やかである。 |
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これまで何度も映画化され、TVドラマ化された。 左と下は映画の黄真伊(ソンヘギョ)、中央はTVドラマの黄真伊(ハジウォン) 右下は朝鮮時代の画家、申潤福による美人図であるが、当時の妓生の代表的な姿とされる。 |
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開城(ケソン)にあるという黄真伊の墓 黄真伊がいた妓房(置屋)はケソンにあった。 ケソンは現在の北朝鮮にある都市である。 |
吉田美智枝 by Michie Yoshida |
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